公園遊びのレパートリーと「ビー玉教」の話

本日のエントリーでは、「なんか気がついたら公園で子どもと遊ぶボランティア活動家になっていた話」に引き続き、僕が子どもたちと開発した遊びの詳しいレポートと公園で発生した謎の新興宗教「ビー玉教」について語りたいと思います。まあ僕が教祖として開いたんですけどね。

ビー玉遊びの基本

普通の「ノーマル」ビー玉を5個集めて僕のところに持ってくると「ガチャ」が回せます。ガチャを回して当たりがでるとレアなビー玉をゲットできるため、子どもたちは各種の遊びをがんばってビー玉を集めるのです。ガチャ目当てに周回をするというソシャゲーの仕組みです。

ビー玉をタダで配っていると誤解されることもあるんですけど、もしタダで配ってたら一瞬で飽きられて終わりだと思います。あくまでゲームクリアの景品なんですよね。公園を無料で遊べるゲームセンターにするというコンセプトでやっています。

じゃんけん

犬の散歩とかしてる僕を捕まえてじゃんけんを挑んで勝てば1回ガチャが回せます。ただしチャレンジできるのは1日一回まで。公園で遊ぶことにログインガチャの概念を取り入れたら面白いかなと。

また、気軽な接点を作ることで他の遊びをプレイする足がかりにもなっています。基本的に僕の方から子どもたちに声をかけるのって不審者みたいだからやらないことにしてるんです。遊びたいプレイヤーには、自分からきてもらう。そのための工夫として、じゃんけんというログインガチャに近い性質の遊びを用意しました。

さらに、「じゃんけんの権利は友達にあげられる」というシステムにしました。それによって僕に興味がない友達の権利を集めてやりにくる子がいます。でもそうして権利をパスしてると、みんなだんだん自分でやりたくなり、そのうちやりにくるんですね。客引きができないのなら、お客さんにお店を紹介してもらうっていう感じです。

宝探し

すべての基本となる遊びです。最初に始めたもので、僕が公園の草むらや木の根本などにビー玉を隠し、プレイヤーが集めるという遊び。採取狩猟生活の記憶が呼び覚まされるのか、根強いファンがいる定番コンテンツです。僕が公園にきたときリクエストに応じ、一気に隠して、「よーいどん」で集めるパターンなどもあります。

1個でノーマル5個分の価値がある虹粒というのもあり、たまに隠しているんですが子どもたちは虹粒が大好きみたいです。5個分の価値以上にレアを見つけるっていう出来事が嬉しいんでしょうね。

冬場は寒さや門限などもあり公園から子どもがいなくなるので僕も遊びを休むんですが、宝探しは犬の散歩のついでにビー玉をセットしておくだけでよく、最低一人からプレイヤーを増やしていけることから、この遊びでゲームシステムを再起動していくのが良いようです。

ただし一番お金がかかるのもこの遊びで、流行りだすとゲームのルールを知らなかったり僕に話しかけるのが恥ずかしかったりでノーマルだけ大量に持って帰る子どもが現れはじめ、新しいノーマルを補充するのに財布が苦労します。学校とかで先生が注意してくれたら助かるんですが、そこまで頼むのも申し訳ないというか…公的な支援を受けられないので辛いところですねー。

ダルマさんがころんだ

プレイ人数5人~25人くらいまで

宝探しの次に人気がある定番コンテンツ。僕が足元にセットしたビー玉をダルマさんがころんだのシステムで子どもたちが取りに来ます。1個とれたらガチャ1回、虹粒をとれたら3回回せるので一番乗りを目指してレースが白熱します。

なお、マリオカートみたいなシステムがあって1位の人は判定が厳しく、下手な幼稚園児とかは常時無敵などの救済措置をとっておりますので幅広い年齢層の子どもたちが楽しむことができるようになっています。5,6年くらいになってくると、アウトになったとき僕にごねるのを楽しみにきてるやつらがいるような気がします笑 たまにメンヘラの子とかいて、ごねるのがエスカレートして出入り禁止になることもありますが、まあ適度にじゃれる程度のワガママならそういうコミュニケーションも楽しいですね。

鬼ごっこ

プレイ人数5人~15人くらいまで

3分間サドンデス方式の鬼ごっこです。鬼は捕まえた数x1のノーマル、子は逃げ切ればノーマル2個がもらえるルール。「速歩き」もしくは全力疾走の幼稚園児など、普通に走って逃げれば捕まらない弱い鬼を数人用意し、その代わり「挟み撃ちあり」で基本的に頭脳戦で戦う鬼ごっことなります。僕も基本歩きで鬼として参加して、ゲームバランスを調整しながら時々ダッシュしてバイオハザードの「タイラント」みたいにゲームを盛り上げていきます。

場所をとるのでビー玉プレイヤーじゃない子たちが公園にいると難しくなるのと、みんな興奮するので泣く子がいたり、フィジカルの有利を封じられた高学年が欲にかられてめちゃくちゃ切れてきたりするので楽しいんだけど安定性には欠けますね。走り回るだけの普通の鬼ごっこで弱いものいじめして何が面白いのかよくわかりませんが、年上にボコられる下積みを経てきた彼らなので、そういう気持ちになるのでしょう。…そしてなぜか文句をたれる高学年が不穏分子化して普通の鬼ごっこしようと周りを誘って分派してきたりして…低学年は馬鹿だから誘われたらボコられについていくんですよね。僕は学校の先生と違って強権を持たないので、そういう事はじめるやつが現れると、ゲーム続行不可能です。

鬼ごっこは面白いですが、実行できるかどうかはその日の空気次第といったところです。

カジノ

プレイ人数3人~8人まで(スペース的に)

地面に1~6の数字を置いてビー玉を賭けます。当たったら6倍返しというシンプルなサイコロカジノ。ただ、子どもたちにとってはビー玉が全財産なんですよね。みんな人生賭けてるのでやたら盛り上がります。大金がかかっているときの緊張感は賭博黙示録カイジ。僕は班長ごっこができて楽しい。

その他、スマホアプリで対戦してみたり、アドリブでいろんなゲームをやりますが、だいたいこんなところです。

さて、次は僕が公園で一時期布教していた「ビー玉教」について。

信じるものは救われるビー玉教

ビー玉教というのは1年目のある時期に僕が考えて広めていた宗教です。「完全教祖マニュアル」に則って実践してみたら、思った以上に信者が増えてしまってビビリました。

教えは2つだけ

・いい子にする
・教祖の「魔法」を信じる

信者は魔法で出現させたビー玉がもらえます。

まあかんたんな手品の応用なんですけど、僕がまずおふざけで「魔法のペンダント」っていうのからビー玉が出せるっていう手品を子どもたちにやってたんですね。芝居をまじえてミスターマリックのように振る舞っていると、低学年は見事にひっかかって僕のことを魔法使いだと信じるようになりました。でも、そんなの高学年は信じないわけです。彼らは魔法なんて無いって知ってますからね。そこで僕は一計を案じて、不信心者に対しては、わざと手のひらなどを検査させてから「ビー玉が出てこない失敗バージョン」をやってみせて「お前が信じてないから失敗した」と言い訳することにしました。そして、信じてくれた子の目の前でビー玉を出現させ、その子に与えるようにしたのです。

信じるものは救われる、魔法のペンダント。

するとどうなったかというと、高学年や知能が高い子どもほど「信じているフリ」をするようになりました。なにしろビー玉もらえるわけですからね。本来僕のことをインチキ呼ばわりしてくるはずだった層が味方についた。そうなってくるとあとはもう、ほとんどの子どもの態度が「ビー玉教信者」になるわけですよ。

信者に囲まれてると、だんだん僕のオーラが変わってくるんですね。思考能力のないヤツと低学年などはますます信仰心を篤くし、僕はサイババのように聖者として扱われ始める。最初は信じていなかった、信じたふりをしていただけの高学年たちも「あれ?ほんとに魔法使えるの?」っていう顔をし始める。あ~、宗教ってこんな風に産まれるんだな~って思いました。教祖として振る舞うのはめっちゃ楽しかったですね。

ただ、ビー玉出してくれー!っていう信者がガチになりすぎて暴徒化しはじめ、普通の遊びに支障をきたし始めたこと、教祖を演じ続けるのに飽きたこともあり、ビー玉教は途中でやめました笑

ビー玉遊び、冬は休んでましたが、暖かくなって公園にファンの子が現れ始めたので3年目もぼちぼちやってます。1年目は教祖になったりなんだり全力投球してましたが、今は連載の支障にならないよう休み休みですね。

最後までお読み頂きありがとうございました。また機会をみて、公園で遭遇したトラブルなどについても書いていきたいと思います。

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